答えの出ていない、AIとイラストの話

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2019 みずかんばこ.

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なぜこの記事を書こうと思ったのか

※答えを出すための記事ではなく、迷いながら考えている途中の話です。

正直に言うと、
このテーマを書くかどうか、少し迷いました。

AIの話題はどうしても極端になりやすく、
否定していると思われたくもなかったし、
誰かを責めたいわけでもなかったからです。

でも最近、
「このイラストをAIに読み込ませても大丈夫ですか?」
という相談を受けることが増えました。

そのたびに、
自分の中に小さな引っかかりが残るようになりました。

怒りというより、
うまく言葉にできない、
静かな違和感に近い感覚です。

描いた側から見ると、何が起きているのか

AIで、簡単に絵が出力できるようになりました。

正直に言うと、
「すごいな」と思う気持ちもあります。
自分にはどうにもできなかったところを、
あっさり補ってくれるのは、やっぱり便利です。

私自身、
AIでイラストを出力することもあります。
だから、
「AIは使うな」と言い切る気持ちはありません。

でも、その便利さに触れるたびに、
ふとした瞬間、
心のどこかが、少しずつ冷めていく感覚があります。

作業の合間だったり、
何気なく画面を見ているときだったり。
特別な出来事じゃないのに、
急に立ち止まってしまうことがある。

「じゃあ、私は何をしてきたんだろう」

時間をかけて悩んで、描き直して、
遠回りしながら積み重ねてきたことが、
一瞬で“それっぽい形”になる。

怒りよりも先に来るのは、
どうしようもない、虚しさでした。

すり減っていく、という感覚

AIは悪くない。
誰かを傷つけようとしているわけでもない。
ただ、便利なだけです。

それでも、
その便利さの中で、
自分の役目が少しずつ、すり減っていくような感覚になることがあります。

一気に奪われるわけではありません。
気づかないうちに、
削られるというより、
使われて、薄くなっていく感じ。

「もう、そこは人じゃなくてもいいよ」
そう言われている気がしてしまう瞬間が、
確かにあります。

使ってしまう側は、悪い人なのか?

一方で、
AIに画像を読み込ませてしまう側が、
悪意を持っているケースは、ほとんどないと思っています。

  • 参考にしただけ
  • そんなに深く考えていなかった
  • 便利そうだったから試してみた

その気持ちは、正直、理解できます。

だからこそ、
この問題はややこしい。

誰かを責めれば終わる話ではなく、
気づかないうちに、誰かをすり減らしてしまう構造がある。

それでも、線を引きたいと思ってしまう

私自身、AIを使うことがあるからこそ、
その便利さも、魅力も、よくわかっています。

それでも、
自分の描いたイラストを、
AIに読み込ませて使われることには、強い抵抗があります。

「わがままかな?」
そんなふうに思ったことも、正直あります。

でも、
これはAIを否定したい気持ちとは違います。

自分のイラストは、
単なる素材ではなく、
時間や感情を込めて描いたものだから。

すれ違いが起きる理由

描く側と使う側では、
見えているものが違います。

使う側は「手段」を見ていて、
描く側は「積み重ね」を見ている。

どちらも間違っていない。
ただ、同じ場所を見ていないだけ。

ルールや言葉が、
まだ追いついていない今だからこそ、
このすれ違いは起きやすくなっています。

おわりに

私は、まだ答えを出せていません。

AIは便利で、
助けられている部分も、確かにある。
それでも、
自分の役目がすり減っていくような感覚が、
消えるわけでもありません。

この矛盾した気持ちを抱えたまま、
今日も、描いています。

たぶん今は、
はっきりした線を引くよりも、
立ち止まりながら考え続けることのほうが、
大事なんだと思っています。

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